ABOUT US 当院について
健康は健口から
愛歯科原田診療所は、「健康は健口から」という思いで、「自分の口や家族の口だったらどうするか?」を基本に考え治療に取り組んでいます。
診療室は落ち着いた和風の空間設計で、患者様へ気持ちの安らぎを提供しております。
診療室は落ち着いた和風の空間設計で、患者様へ気持ちの安らぎを提供しております。
FEATURE 当院の特徴

FEATURE 01
お待たせする時間は最小限に
入れ歯の修理もスピーディー
当院では時間を重要視して、患者様をなるべくお待たせしないよう努めています。駅近ですぐアクセスできる立地もそのためです。また、急患以外は予約制で施術時間を管理していますので、お待たせすることは少ないです。
なお、入れ歯の修理などは院内で完結するため、その日に完了できます。
なお、入れ歯の修理などは院内で完結するため、その日に完了できます。

FEATURE 02
カウンセリングは専用の相談室で
ご納得いくまでご説明します
愛歯科原田診療所では、専用の相談室を設けています。お口の中の状態を写真などで確認し、ご納得いくまでご説明させていただきます。
ご同意のうえで治療プランを決定し、最適な方法で治療を進めていきますので、ご希望やご不安、疑問点をどうぞ安心してご相談ください。
ご同意のうえで治療プランを決定し、最適な方法で治療を進めていきますので、ご希望やご不安、疑問点をどうぞ安心してご相談ください。

FEATURE 03
お口の健康やキレイな笑顔を
多方面から支えます
ホワイトニングや詰め物を1日で仕上げるセレック治療など、歯科医院として保険診療・自費診療を問わずさまざまな施術を行っています。
そのほか小児期の床矯正治療や大人のマウスピース矯正治療、ワイヤー矯正治療、インプラント治療、金属床義歯、ミラクルデンチャー、カムデンチャー、マグネット義歯など、幅広くご対応可能です。
健康面・機能面・審美面など、多方面から皆様のお口をサポートしてまいります。
そのほか小児期の床矯正治療や大人のマウスピース矯正治療、ワイヤー矯正治療、インプラント治療、金属床義歯、ミラクルデンチャー、カムデンチャー、マグネット義歯など、幅広くご対応可能です。
健康面・機能面・審美面など、多方面から皆様のお口をサポートしてまいります。
STAFF スタッフ

院長 原田 博己 HARADA HIROMI
- 経歴
- 1956年、東京都武蔵村山市生まれ
- 1981年、広島大学歯学部を卒業後、防衛医科大学校附属病院にて歯科口腔外科助手として勤務
- 1983年、医療法人愛歯科診療所に入所
- 1991年、医療法人愛歯科診療所の理事に就任
- 1999年、愛歯科原田診療所を開設、現在に至る
武蔵村山市で生まれた私ですが、実家は「村山大島紬」という絹織物の製造をしています。父は伝統工芸士として、江戸時代後期からの伝統の技を引き継いで来ました。今は兄も2代目伝統工芸士として活躍しています。
小さいころ、両親とも夜遅くまで織物製造に励む姿を見ていました。ただ両親は働くことを楽しんでいたのか、つらい顔を見た覚えはありません。子どもの自由を尊重し、私の進路も自分自身に選ばせてくれました。
東京都ではありながら、電車の通らない田舎町で、私立中学に進む人は学年で私一人。国立にある桐朋学園へバスと電車で通学していました。大学は関東を離れ広島大学に進み、そのときも両親は快く喜んでくれました。
そこでの入学式が、私のターニングポイントになります。それは井上時雄学部長の「歯学部は歯学部をなくすために存在する」という言葉です。虫歯が洪水のように増え国の方針で歯学部が新設されていた時代に、とても衝撃を受けました。この言葉が頭から離れず、大学時代には虫歯予防研究会、無歯科地区研究会に所属し県北の町の子どもの虫歯予防活動に勤しむなど、精力的に活動していました。
大学時代のもう1つのターニングポイントは、Dr.ビーチが提唱する水平位診療との出会いです。当時の虫歯治療は立って行うのが当たり前でしたが、幸い広島大学は早期に水平位診療に取り組んでいました。卒業時も「水平位診療をしっかり学びたい」と感じつつ、一方また口腔外科研修への思いもあり、防衛医科大学付属病院に勤務し、2年間口腔外科の臨床を経験させていただきました。その間に、Dr.ビーチの活動拠点・熱海の愛歯科診療所の先生と運命的に出会ったのです。そして1983年、結婚と同時に愛歯科診療所へ入所し、以来、水平位診療の基礎を身につけつつ、新しい時代に沿った歯科診療を積極的に取り入れて現在に至っています。
小さいころ、両親とも夜遅くまで織物製造に励む姿を見ていました。ただ両親は働くことを楽しんでいたのか、つらい顔を見た覚えはありません。子どもの自由を尊重し、私の進路も自分自身に選ばせてくれました。
東京都ではありながら、電車の通らない田舎町で、私立中学に進む人は学年で私一人。国立にある桐朋学園へバスと電車で通学していました。大学は関東を離れ広島大学に進み、そのときも両親は快く喜んでくれました。
そこでの入学式が、私のターニングポイントになります。それは井上時雄学部長の「歯学部は歯学部をなくすために存在する」という言葉です。虫歯が洪水のように増え国の方針で歯学部が新設されていた時代に、とても衝撃を受けました。この言葉が頭から離れず、大学時代には虫歯予防研究会、無歯科地区研究会に所属し県北の町の子どもの虫歯予防活動に勤しむなど、精力的に活動していました。
大学時代のもう1つのターニングポイントは、Dr.ビーチが提唱する水平位診療との出会いです。当時の虫歯治療は立って行うのが当たり前でしたが、幸い広島大学は早期に水平位診療に取り組んでいました。卒業時も「水平位診療をしっかり学びたい」と感じつつ、一方また口腔外科研修への思いもあり、防衛医科大学付属病院に勤務し、2年間口腔外科の臨床を経験させていただきました。その間に、Dr.ビーチの活動拠点・熱海の愛歯科診療所の先生と運命的に出会ったのです。そして1983年、結婚と同時に愛歯科診療所へ入所し、以来、水平位診療の基礎を身につけつつ、新しい時代に沿った歯科診療を積極的に取り入れて現在に至っています。
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歯科衛生士 鈴木 元子 SUZUKI MOTOKO
お口のケアを行うことで、皆様に「口内が清潔なことの気持ちよさ」をご体験いただき、日々のセルフケアにつながるようにしております。
これからも、患者様から「エステに来たみたい」「来てよかった!」と言っていただけるよう努め、ともに歩んでいければ幸いです。